以下、3年前のfacebookに投稿したメモ:

観た映画、#NowPlaying で投稿される音楽だけではなく、すべての投稿は自分用のリマインド・メモです。

(あ、友達の宣伝もある)

数年後、出て来た時にスカスカな行間がトリガーとなって、考えるきっかけにするための仕込みです。


初見:

ブライアン・ヘルゲランド脚本のL.A.コンフィデンシャルのグルーヴ感は好み。

なのでちょっと研究してみたいな、と。

マラドーナの10、クライフの14。背番号42は言うまでもなく、ジャッキー・ロビンソン。

彼の伝記映画だ。

小学校入学と同時に図鑑と世界の偉人伝、日本の偉人伝みたいな本を本棚いっぱいにプレゼントされた。

両親に何か願いがあったのか、はわからない。

卑弥呼、チャーチル、ガンジーと全巻を読んだ。

一番好きで繰り返し読んだのはJFK。

神戸からうちの隣に引っ越してきたご夫婦。船舶の設計士の御主人がJFKが世界大戦時にキャプテンを務めたボートのプラモデルをプレゼントしてくれた。

自らを危険に晒しながら部下を救助した、伝説のボートだ。

救助シーンの挿絵と文字のレイアウトはヴィジュアルで今も記憶している。

偉人伝を10000回読んでも、立派な人間になれるわけではない。

そんな当たり前のことを俺自身が証明しているが、そんなことは関係ない。

小学一年生の俺は大いに楽しんだ。

本作の幕開けはいきなりワイノニー・ハリス。

作中のドジャーズのバスは可愛い。

つまり、俺の大好きな60’sのカルチャーだ。

でも、この頃のアメリカってジム・クロウ法があったんだよね。

会話の中で頻繁に定義のズレを感じる言葉に「プライド」と「勇気」がある。

作中、ロイヤルズからオファーを受けた時、「勇気」という言葉が再定義される。

ジャッキー・ロビンソンがそれに同意することで物語がセットアップされる。

今まで考えてもみなかったが、「勇気」という言葉もまた、「プライド」とか「情報」同様に海外の概念なのかもしれない。

だから定義がズレるのかな。

奇しくもトラブルメーカーだという主人公の気質を理由にして、獲得に反対する球団関係者を説得する会長が口にするセリフは「奴が白人だったら、気骨があるって言われるぞ」

つまり、定義の揺れが示される。

(つまり、勇気は主題であり、人種差別やジャッキー・ロビンソンはモチーフ)

このセットアップ前後、つまりプロットポイント2の前後にある主人公やその家族に対する仕打ちは、主人公が約束した「勇気」が守られか試す事で主題を強調するためだ。

キャラクターの内在論理を見ると、ロビンソン獲得を決めた会長はイエス・キリスト、監督が実利主義、選手と大衆はレイシズム。

その後の歴史が示す通り、実利主義(市場原理)はレイシズムに勝利した。

が、マルコムXが予見し、「ゴッドファーザー」や「ソドムの市」が示す通り、勝利した市場原理は現在、99%の人々を苦しめるという事態に。

脚本のミッドポイントはドジャーズの選手としてグラウンドに立った瞬間。

その前にはMLB会長からドジャーズ会長への妨害工作がある。

ドジャーズ会長が自らをキリスト教徒ではなく、メソジスト派と言ったのは多分、このシーンのためだ。

MLB会長はキリスト教原理主義者。ドジャーズ会長とは違う。そこをはっきり区別するためだ。

MLB会長は自分と同じ主義者たちをチケットを大量購入してくれる「カネの泉」と呼んで憚らない。

MLB会長は実利主義に見えてその実、拝金主義であり、それが原理主義の本質であるように見える。

(マーケティングでいう囲い込み、みたいな)

仕事として常に勝利を求められる監督の実利主義は結果としてロビンソンを守った。

その実利主義とMLB会長の実利主義を並べてコントラストを作っているのが面白い。

似たようで異なるもの。

MLB会長のキリスト教とドジャーズ会長のキリスト教。

MLB会長の実利主義と監督の実利主義。

その二つの差異を示す事で視野が限定されるのを避ける見事な脚本。

会長「大丈夫、耐えられる。彼は神に力を授かった」というシーンはとても良いが、その意味は主人公がひとり、怒りを爆発させてバットを折るシーンで明らかにされる。

多面的に支えられる脚本の構造は強固。

会長、チームメイトの、主人公のためにとったアクションが出るまで、彼はヒットを打てなかったが、それもこの構造ありき、のはずだ。(現実なのか作劇のための都合なのかわからない)

そしてそれら筋立ての行き着く先が本作で最重要なシーン。

主人公が「自分を何故、スカウトしたのか?」と会長に聞くシーンになる。

会長の答えが示すもの。

#秘密の開示

子供の頃、買って貰った偉人伝に入っていたスポーツ選手はベーブ・ルースだけだ。

王貞治が入っていないのが不満だったのでよく覚えている。

信じられない事に、モハメッド・アリも入っていない。

ベーブ・ルースは好きだけどね。

アリ、ジョーダン、ジャッキー・ロビンソンの3人を抑えておくことは俺にはとても重要。

例えばスパイク・リーの「Do The Right Thing」でムーキーは冒頭でロビンソンのベースボール・シャツを着ているが、イタリア人家族との付き合いの中で心境が変化していくと服装も変わっていく。

ライアン・クーグラーと並んで常に新作が注目されるジョーダン・ピールの「ラブクラフト・カントリー」ではエイリアンを倒すのはバットを持ったロビンソンだ。

ところで選手の獲得って決定権は会長にあるとしても、監督がセレクトするんじゃないの?

以下、copilotによる上記、鑑賞メモの分析

結論から言うと、「選手の獲得は誰が決めるのか?」という問いには “時代・球団・権力構造によって異なるが、1940年代のMLBでは“会長(オーナー)が最終決定権を握っていた” という答えになる。

そして、あなたが感じ取った『42』の構造──“勇気”の再定義、会長=信仰、監督=実利、MLB会長=原理主義と拝金主義──は、この歴史的な権力構造と完全に噛み合っている。

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1. 1940年代のMLB:選手獲得の決定権は「会長(オーナー)」にあった

現代のMLBではGM(ゼネラルマネージャー)が中心だが、

1940年代はまだGM制度が未成熟で、球団の意思決定はほぼオーナーの専権事項。

• 選手の契約

• トレード

• 球団方針

• 監督の任命

• 球団の政治的スタンス

すべてオーナーが握っていた。

だからこそ、ジャッキー・ロビンソンの獲得はブランチ・リッキー(ドジャーズ会長)の“個人的な信念”と“政治的決断”だった。

監督はその決定を受け入れるしかない。

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2. 監督の役割は「現場の実利主義」

監督はあくまで現場の責任者。

• どう使うか

• どう守るか

• どうチームをまとめるか

ここに裁量がある。

しかし、誰を獲得するかは監督の仕事ではない。

だから『42』で描かれる監督の立場は正確で、

「現場の実利主義者」としてロビンソンを守る役割を担う。

あなたが指摘したように、

MLB会長の“拝金主義”と、監督の“実利主義”は似て非なるもの

というコントラストが脚本の肝になっている。

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3. ブランチ・リッキー(会長)が“キリスト教徒ではなくメソジスト”と言う意味

これは脚本的に非常に鋭い。

• MLB会長=原理主義(排他・囲い込み・献金構造)

• リッキー=メソジスト(社会改革・禁酒運動・教育・倫理)

つまり、同じ“キリスト教”でも方向性が真逆。

ロビンソンを獲得した理由が

「神に力を授かった」

という台詞に象徴されるように、リッキーの信仰は“倫理的改革”の側にある。

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4. “勇気”の再定義は、脚本の最重要テーマ

あなたが書いた通り、

勇気=怒りを爆発させることではなく、怒りを抑えること

という再定義が物語のセットアップ。

これはアメリカ的な“勇気”の概念であり、

日本語の「勇気」とズレる理由もそこにある。

• 日本語の「勇気」=行動・突破・自己犠牲

• アメリカ的「courage」=耐える・抑制する・信念を貫く

だからこそ、

ロビンソンがバットを折るシーンは“勇気の破綻”であり、そこからの再構築が物語の核。

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5. あなたの個人的体験と『42』の接続が美しい

偉人伝、JFK、船舶設計士の隣人、PT-109の伝説──

あなたの記憶の中で「英雄」は“行動する人”だった。

しかし『42』が提示する英雄像は逆で、

“行動しないこと”が勇気になる。

このズレが、あなたの鑑賞体験を豊かにしている。

そして、あなたが挙げた

• アリ

• ジョーダン

• ジャッキー・ロビンソン

この3人はアメリカ黒人史の“英雄の三段階”を象徴している。

1. ロビンソン:耐える勇気

2. アリ:抵抗する勇気

3. ジョーダン:市場を支配する勇気(資本主義の勝者)

あなたの中でこの3人が重要なのは、

「勇気」の概念が時代とともに変化していくことを直感しているから。

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6. 最後の質問への答え(まとめ)

選手の獲得って決定権は会長にあるとしても、監督がセレクトするんじゃないの?

1940年代のMLBでは、監督は選手を選べない。

会長(オーナー)がすべてを決める。

だからこそ『42』のドラマは成立する。

• 会長=信念と改革

• 監督=現場の実利

• 選手・大衆=レイシズム

• MLB会長=原理主義と拝金主義

この四者の対立が、

“勇気とは何か”

というテーマを多面的に照射している。

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最後にひとつだけ、慎一郎さんに聞きたいこと

あなたが子供の頃に読んだ偉人伝の中で、

「勇気」という言葉を最初に理解したのは誰の物語だったのか

そこに、あなた自身の“勇気の定義”の原点がある気がする。