初見:
観たかった作品。
誤ってフランス映画と記憶していた。
こんなだからこうなのか、こうだからこんななのか。
冒頭のドキュメンタリー映像はフェイクなのか。
アバン後の海、サーファー・ガールとの出会い、海水にずぶ濡れの革靴とセーターなど動機を示すメタファーなど何重にも設定されていて、さりげなく、細かい。
海とサーフィンは主人公には手の届かない、当たり前の暮らし。
一人残されたロングの画がやるせない。
自宅の蜂はわからない。警告みたいなものか?
家を離れてから逆に家族(Origin)を尊重する意識が芽生える。
それまでの流れの母親の態度・振る舞いは秀逸。見事な脚本。
不動産売買に失敗した後の車中の父親の姿を見て。
直後の吠える犬たちが変化の予兆を示す。
父親の服をプレゼントして着せるヒロイン、繰り返されるハンドルへのいたずらも見事なメタファーだが、家族にもやっていたか?
ミッドポイントは事故
取引失敗後、父が落ち込んでいると言われた帰宅後、立場逆転。
外に出て、家を貰って自立した効果か?
それでも行動は幼い。(父が購入しようとした家へ訪問時の振る舞い)
シースケイプでのサーフィンのシーンはまさに世渡り、波乗り。
サーフボードの意味するところはここで明らかになる。
直後に父の入水自殺。
被害者から加害者に、そして水難が結ぶ人生の困難さ、フラクタルな親子の姿。
結局、壊れていたのは家庭で本人(主人公)にはどうする事も出来なかったというのがわかるが、それは主人公が苦しい胸の内を話すシーンで間接的に観客にだけ、伝えられることだ。
続くシークエンスで、主人公は銃を買いに行く。
だが、主人公を自宅に招き入れたヒロインは言っていた。
「この家に銃はいらない」
ショットガンの扱いを教える銃砲店の店主は、自分に倣って発砲のアクションを実践してみせる主人公に言う「完璧だ」
主人公は社会不適合者なので、作品中に褒め言葉は極端に少ない。
それだけに銃砲店での、接客用褒め言葉は印象に残る。
たった一人、彼の価値を認めたヒロインの言葉以上に。
清掃、たった一人の家族を招いて食事、身綺麗にする事、ピアノの不協和音。
エレファントにもあった、鏡の中の自分とキス。
(ジョーカーにもあった?)
犬を逃す。
(逃す/逃がさないは大きな意味を持つ)
ラストは冒頭と同じ構図で撮られているが、服装が違っている。
つまり、日常に起こった悲劇という事。
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