『グリーンブック』
、俺的には微妙でした。

おみくじで末吉引いたみたいな感じです。

良いところは挙げればきりがないほどいっぱいあるし、技術的にも凄いと思うんだけどね。(いや、撮影・編集も海外ドラマ11/23/63の方が上か)

小物で言えば石と拳銃、そしてカネの関係。最初の手紙と最後の手紙。

あとはブリキの太鼓、勇気について、そして椅子と座席の対比。

これらはなるほどなーという感じ。

だけど、それだけだね。

あるのはギミックだけだ。
 


60sR&Bにアメ車にイタリア系の主人公って、自分の好きなもの全部入り、だっただけに期待が大き過ぎたのかもしれない。

(昔、ラーメン食べた時に 青木健 さんが「僕は全部入りは注文しません」と言っていたんだけど、それは正しいんだろう)

監督はニューオリンズR&Bに相当思い入れが強いんだと思うんだけど、とりあえず、16からブルースばかりを聴いて育った人間からすると、彼にとってのブルースはショパンであり、リストであり、ベートーヴェンだと思うよ。

そうじゃないとブルースも、深夜通販番組で売られている懐メロ詰め合わせのCDボックスセットになってしまう。

ブルースはマイルスもマディも 山川健一 さんも言うように、単に音楽の一ジャンル名なのではなく、ある心の状態を示す名称であり、それだからこそ、ブルースはノスタルジックなものではなく、普遍的なものであり、そう捉えると文学は本質的にブルースだし、映画にもブルースはあるし、彼にとってのブルースがショパンであることはまったく誤りではない。


それとは別に絶対に許すことができない部分が二箇所。

でも、本人はその功罪については自覚的で、そんなプロフェッショナルとしての、優れたバランス感覚が凶と出た部分はあると思う。


本作品を批判する方々のキーワードとなっているマジカル・・・について、鑑賞中はよくわからなかったんだけど、とりあえずこの作品については登場人物ではなく、作品自体がマジカル・・・になっていたんだと気付いた。

そりゃ、当事者たちは怒るだろう、と。

そもそも、この作品は別に人種問題をモチーフにしなくても良かったんじゃないの?


でも、アメリカ映画って良いなーと思ったよ。

南部の綿花畑の道を、アレサ・フランクリンを聴きながらキャデラック転がしているだけで観ていられるから。

日本映画でそんなこと感じたこと、ないもんな。

でも、そんなアメリカ映画の情景も最早、映画の中にしかない。

俺が憧れたように、今のアメリカの人たちも本作の情景に憧れたんじゃないかな?


さて、来週公開だったか、賞を争ったスパイク・リーの新作は何を見せてくれるのだろうか。

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今日はこれ。

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